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2008-06-29 Sun 23:51
“貧乏人は幸せだ、金さえあれば何とかなると思っている”、と言ったのは、かの石油王ポール・ゲッティーであったか。
“ITシステムさえあれば何とかなる”、もであるけれど、○○○さえあれば何とかなるなどと言うのは、殆どの場合は眉唾と思って良い。 人は、問題が複雑で、分析不能なほどになってしまうと、現実から離れて、非常に単純で明快な回答に飛びついてしまいたくなる。問題を無理に単純化、抽象化して、○○○なのは×××のせい、だから△△△があれば問題は解決するなどと、容易な原因、解決の構造に飛びついてしまう。 しかし、世の中そうは単純ではない。これは誰しも冷静に考えれば分ることだと思う。“万事塞翁が馬”なのが、世の中であり、人間だと思う。 もし、単純明快な解答を押し付けられたら、また、自分で思いついたら、信じたくなったら、まずは疑ってみることだ。そしてゆっくりと冷静に考えてみて欲しい。 問題には、必ず明快な原因があるとは限らないし、また、原因があったとしても、検証できるとは限らない。そうであれば、問題を再現したり、コントロールできるとも限らない。であれば、因果関係の構造が分るわけではない。 分らないものを、分らないものとして捉える。これは、知識を得ることよりも、ずっと深い人間の叡智だ。 世の中の全員が、そのように、ゆっくりと冷静に考えれば、多くの問題は起こりえないだろうと思う。家庭内のごたごたから、世界的な政治問題、人類的な問題まで、それぞれの都合の容易な解答に飛びつかずに、あるがままに受入れることが、もっとも解決への近道だと思う。 |
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2008-06-17 Tue 23:18
いまさら言うまでも無いけれど、仕事は、重要度の高いもの、急ぐものから取り掛かって、片付けてゆく。これが基本中の基本だ。
そして、この、なにが重要か、急ぎかを表したものが、“優先度”というものだ。 まず、やることを全部書き出してリストにしたら、それぞれに、最初に優先度をつける。そして優先度の高い仕事は、嫌いであろうと、今やりたくなかろうと、不得意であろうと、絶対に最初に取り掛からなければいけない。 これは当たり前で、そのために優先度を振っている。それをしないようでは、優先度を考えたり、振り分けたりした意味が無い。 しかし、実際には、自分の好きな仕事や、得意なものから取り掛かってしまう人も、良く見かける。 結果どうなるか? 本当に大切な事柄に使う時間が無くなり、重要な仕事が間に合わなくなる。二度手間も発生する。挽回策も考えなくてはならない。周りの関係者にも迷惑をかけ、お詫びや、再調整でますます苦しい状況に追い込まれ、悪循環にはまってゆく。そして、いつも“超多忙”になる。 優先度さえ適切で、それを守って仕事をしているのなら、目先の今やっている仕事だけに集中して、他の仕事などは気にしなくても良い。 なぜなら、今やっている仕事が、一番重要で、一番急ぎであるものだからだ。それに集中して、良い仕事をする。それが自分に出来る最善だ。そして、ひとつづつ、着実にこなして行く。それだけで良い。 もしも、このやり方でも仕事が間に合わないようであれば、それは仕事を請けすぎか、仕事のスキルが不足しているのかもしれない。いずれにせよ、べつの解決策を考えるべき問題だ。 優先度を無視し、自分の持っている全部の仕事について考え、悩みながら、、遅れた言い訳やら、お詫びの言葉を考え、2度手間で追い込まれ、徹夜で仕事をしていたのでは、いくらなんでも体が持たない。 そういった人は、仕事が完成しても、そもそもが遅れてしまっているので、いまさら感謝もされず、喜んでももらえない。また、余裕と自信をもってされた仕事に比べれば、そんな人の仕事は、納期優先のやっつけ仕事だ。品質も低い。自分にとっても、仕事の関係者や、顧客、家族にとっても、良いことは一つも無いはずだ。 どうして、そこから抜け出そうとしないのだろうか。 <関連するエントリー> ・忙しくて約束の守れない人は、本当に忙しいか ・いつも追われている人に |
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2008-06-13 Fri 20:17
自分の最大の敵、つまり自分自身に勝って、一度決めたことを継続させるにはどうすれば良いだろうか。
それがうまく出来るようになれば、禁煙も成功するだろうし、ダイエットもうまく行く。また、ジムに通い始めても三日坊主で終わるなんてことも無くなるわけだ。 但し、敵は明日の自分自身である。あらゆる面で自分と互角だ。そしてモチベーションは今の自分よりも低く、悪いことに、決定権のすべてを握っている。 このような相手に勝つには、論理や一般論では無理だ。どんな論理であろうと、簡単に論破されてしまうであろうし、一般論などは、あっさりと切り捨てられておしまいだ。常識的な、計測と評価のような方法は自分自身に当てはめようとしても役に立たない。 勝つためには、理由を定めない。これがもっとも有効だと思う。 理由がある場合は、それを論破されたら終りになってしまう。でも、理由が無い場合には、そうは簡単にいかない。理由の無いものに、新たに理屈を考えて、それが妥当かの判断もしなければならなくなる。 つまり、そこにある論理を切り崩すのは比較的やさしいが、理由の無いことに対して、新たに理屈をつけて、新しく行動を起こすというのは、なかなか難しいということだ。 禁煙を例にあげるとすれば、健康のため、環境のため、お金のため、などという理由や、目的は一切定めずに、禁煙するから禁煙するとしてしまう。 そして、いつから止めたかの記録も残さない。今日で2週間などと言っている内はだめだ。いつから吸わなくなったなどということは、全く意識しないようにした方が良い。 そして吸いたくなった時には、タバコを今から新しく吸い始めることの妥当性を考える。今は禁煙を止めて良い理由でもなく、今1本だけ吸って問題があるかを考えるのではない。新しくタバコを始める、合理的な理由を考えてみる。 ダイエットについても同様で、いつから、何キロからダイエットを始めたなどということは一切考えないようにする。そして体重も、あえて計らない。 ダイエット中は、ひたすらバランスの取れた食事を健康的に取り続けるだけにする。もちろん目標も定めない。 自分はこの方法で、禁煙も成功したし、ダイエットもうまくいった。禁煙などは、この方法で成功するまで、5回以上は挫折している。短くても数ヶ月間、長くて1年禁煙が出来たこともあったが、結局はそこで吸い始めてしまっていた。 この方法で成功してからは、すでに十数年、一本も吸っていない。その昔、会社が引越しをした年の秋頃に、突然吸うのを止めた。理由も無く、やめようと思ったから、やめただけだ。 そのときからずっと、自分には、新しくタバコを始める理由は無いままだ。 <関連するエントリー> ・自分の最大の敵とは誰か ・ルールについての三原則を考えてみた |
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2008-06-10 Tue 22:38
自分にとっての最大の敵とは誰だろうか。
いつも自分の行おうとすることに、正面切って立ちふさがり、自分の意志を貫くのを妨害するのは誰であろうか。 多くの場合自分自身であろうと思う。それは未来の自分だ。 禁煙に成功しないのも、ダイエットがうまく行かないのも、日記が三日坊主で終わるのも、皆、未来の自分自信が、今の自分の意志に逆らって、妨害をするから起こることだ。 遅刻をしたり、英語が上達しなかったり、友人と喧嘩をしたりもそうであろう。今、思い立ったときの自分は、遅刻をするつもりはないし、毎日欠かさず勉強するつもりであるし、同じ間違いを繰り返して、友人とつまらない事で喧嘩をするつもりなどは、全く無いのだ。 それでも未来の自分には、あっさりと負けてしまう。 しかし、そもそもが未来の自分自身と戦うという認識は持っていただろうか。戦うつもりで、準備をしていただろうか。 もしも、自分の意志を通したいのなら、そして、もしも勝利を得たいのなら、まず、敵を知り、作戦を立て、戦う準備を整えなければならない。 未来の自分は強敵だ。手の内をすべて知られた上に、議論は今の自分の居ない所で行われることになる。敵だけで行われる一方的な欠席裁判というのが戦いの場となる。 今の自分は、それでも負けないだけの準備をし、あらかじめ残しておく論述だけで、論破し、勝利しなければならない。その方法を考えてみよう。 |
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2008-06-06 Fri 09:16
コンサルタントとは何をする人?という疑問に答える、良い説明を見つけたので紹介したいと思う。“間違いだらけのIT経営”という、増岡直二郎さんの連載記事のなかに出てくる、下の事例がそれだ。
但し、増岡さんはこの記事を、IT導入についてはユーザー主導ではなく、ベンダー主導でなければならないし、そうでなければ上手くゆかない、といった主旨で書かれているので、本来の意図とは違う形で利用させてもらうことになってしまう。(元の記事の方も一読されたい) コンサルタントとは、この反対をする人だ。つまり下記の能力と経験があり、人の考え方や、行動に影響を及ぼし、望む結果を導き出す人となる。 ・問題発見能力や本質を見極める能力 ・課題や問題を発見して、それらを整理して抽象化する能力 ・業務をどの様に改善したらよいかを見切れる業務改善能力 ・それらを定義できる、要件定義能力 記事の終り(結論)の方には、
とも書かれているのだけれども、こちらも“ベンダー”という言葉を、“コンサルタント”に置き換えると、私にとっては、大変しっくりしたものになる。 となれば、コンサルタントの能力には、下記も付け加える必要がある。 ・顧客のマネージメント、ケアをする営業的センス ・人を、自分の意志で動いていると思わせながら、指導できる人間力 ・意志や意図を誤解されることなく、伝えられるコミュニケーション能力 コンサルタントが職業として成功するには、どちらかといえば、第2群にあるコミュニケーション能力等の方が重要であろう。第一群の方については、岡目八目だけで乗り切っているコンサルタントも多いのだろうと思う。 増岡さんの記事については、ベンダーの仕事についてのものではなく、コンサルタントの仕事についてのものと、私は捉えていることになる。ベンダーという定義も非常に広いので、一概には言えないのだけれども、一般的なベンダーにここまでを期待するのは、少々無理があるのでは、と思っている。 また、コンサルタントにしたところで、経験豊富なベテランでなければ、ここに書いてあることを実際に行うのは、なかなか難しいことだ。並みのコンサルタントでは、記事の冒頭にあるような、ユーザー側からのSIベンダーへの不満の羅列になってしまう。 特に、“自己満足のメニューを提案する”(ナルシストなコンサルは常習だ)や、“マニュアルに依存しすぎる”(コンサルはメソドロジー好き)などの光景は目に浮かぶ。 |
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2008-06-03 Tue 21:56
わりと最近であるけれども、外国人の言う“best effort”と“日本語のベストエフォート”とは、同じ言葉でも、その捉え方に大きな違いがあることに気づいた。
結論から言うと、英語のbest effortには“一定の注意を払います”ぐらいの意味合いしかないのだと思う。日本語の方は、建前では“保証はありません”であるけれど、精神の方は“死ぬほど頑張ります”だ。 別の言葉で言えば、英語の方が“善処します”で、日本語の方は“最善を尽くします”になる。これはニュアンスとしては、かなりの違いがある。 文字通り、“best”の解釈が、辞書的に“最”になっているのだけれども、感覚的には、英語の“best”は、もっとゆるい言葉だ。 外国企業や、外資の企業と取引される方は、意識しておいた方が良いと思う。 |
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2008-05-29 Thu 23:49
問題の解決をしようとするときには、正しい手順を行うだけではなくて、正しい姿勢で望むことが大切になる。
簡単に言えば、結果から原因を推測するときの、考え方、心得といったものであるけれども、これを軽視すると、トラブルシュートの手順は正しくても、いつまでたっても原因を追い込めない、不可解なトラブルに泣かされることになる。 実世界での問題と原因の関係は、コントロールされた環境のシミュレーションとはちがって少々複雑だ。ここでは、そんなときにも役立つ心得を、3つだけ取り上げてみる。 1. 問題は、一つの原因で起きたとは限らない。 問題の発生原因が一つであるならば、原因の究明は比較的容易だろう。あれがこうなれば、こうなって、そうなる的に問題を追い込んでゆくことが出来る。 しかし実際の問題の場合には、2つ以上の原因が同時に発生して、問題を起こしている場合が非常に多い。なので、こうは簡単にいかないものだ。トラブルシュートのチャートや、用意されているヘルプファイルが役に立たない理由もここにある。 また、原因は一つと思い込みは、強く推理の邪魔をする。一度そうなってしまうと、答えが目の前に置かれていても目に入らなくなってしまう。 教訓: 原因となるトラブルは2つ以上が同時に発生している、と考えよ。 2.見つけた原因が本当の原因とは限らない。 原因と思しきものを発見しても、それは根本原因ではなくて、単に2次的な原因なのかもしれない。 つまり、なにか根本となる原因が別にあって、それが、別のトラブルを引き起こした。その別のトラブルによって、初めて問題が顕在化したということも考えられる。あなたが見つけた“原因”は、残念ながら2番目の方かもしれない。 例をあげるならば、夜、部屋が突然真っ暗になってしまったとする。そして原因を探ったらば、部屋のブレーカーが落ちているのを見つけた。 これは分ると思うけれども、ブレーカーが落ちたのが原因ではない。この場合、停電はブレーカーが落ちたからではなくて、電子レンジと乾燥機とエアコンを同時に使ったというのが根本原因だ。ブレーカーが落ちたのはその結果になる。 教訓: 見つけた原因は、本当の原因か、を疑え。 3.問題の答えは、単純だとは限らない。 シミュレーションや、ケーススタディなどコントロールされた環境での問題に慣れてしまうと、問題の答えはいつも単純であると思い込んでしまうことがある。また物理や数学の世界に影響を受けて、真理に近いほど答えは単純であるとの思いを持つこともあるかもしれない。 しかし、現実世界では、正解は必ずしも単純であるとは限らず、極めて複雑であったり、場合によっては複雑すぎて回答が無いに等しい場合もある。 また、思いも依らないような偶然の重なり合いや、まさにありえない状況が実際に起こるというのも、世の中の常だ。 つまりは、我々のカオスの世の中では、どんなに調査しても、原因が分らない、再現も出来ないといったこともあるということだ。 教訓: 世の中は、思いも依らないような偶然が起こるものである、と心構えよ。 検討を祈る。 |
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2008-05-27 Tue 22:38
ハイリスク、ハイリターンというのは、リターンが大きく見込めるものは、リスクも高いという意味であるけれども、この、儲けの大きい仕事は、リスクも高いというのは、一般にも普通に受け入れられている見識となっていると思う。
では、逆に、リスクが高い仕事は、必ずリターンも大きいだろうか? これは多くの場合ノーだ。 リスクが高いことは、リターンが大きいことを保証しない。大抵の場合はリスクも高くて、リターンも少ない。これが世の中の普通のケースであると思う。 リスクは高いが、それに見合ってリターンも大きいというのは、この中のむしろ特殊なケースと言っても良いかもしれない。 ここでは、AであればBは成り立っても、BであるからAであるは成り立たない。 ちょうど中島 聡さんがご自身のブログ、Life is beautifulで、タイミングよく、おもしろい例となる記事を書かれていたので、引用させていただく。
食べ物で言えば、非常に高い金を出したからといって、出てくるものが値段に見合った絶品であるとは限らないし、その保証はない。しかし逆に非常に美味いものが、高価であることはまず間違いない。 また、値段に見合っていなくても、クレームになったり、店の評判が急に落ちることがないのは、顧客の“高い金を出したのだから、うまいに決まっているはずだ”という、つまりは、ハイリスクなのだからハイリターンに間違いないだろうという心理が働くからだ。 そして、この心理を詐欺師が利用する。 これは割と単純な、冷静に考えれば誰もがおかしいと思うような詐欺に、人がコロッと引っかかってしまう原因の一つだ。ハイリスク、ハイリターンの意味を取り違えて、“危険性が高いのだから、儲かるはず”という、逆の論理スパイラルに陥ってしまう。一度はまってしまうと詐欺師も楽なもので、“この投資のリスクは大きいので、非常に儲けも多いのです”、“私と一緒だったら平気ですから”といった言葉でコロリとだませてしまう。 おかしいかな?とうすうす思い始めた後も、自らを正当化する心理が働いて、“これだけリスクを取っているのだから、儲かるに違いない”と思い込んだり、“世の中にうまい話は無いというけれど、これは大丈夫。リスクが高いのは、高い利益に見合っているから正統だ”と、勝手な理屈でますますのめり込んでしまう。ポジティブフィードバックが掛かってしまうのだ。 私は、詐欺を働こうというのではないけれども、マーケティング的にはこの心理も利用しなければならないと思っている。 世の中には、ただ“高いから買う”、“高くないと買わない”という“ハイリスク、ハイリターン”の信望者が存在する。結局、分からないから、値段で買う、高いから発注するということがあるのだ。 中島 聡さん曰く、“ITゼネコンになんのためらいもなく数億円の発注をする社会保険庁が、味も分からないのに高級店で散在をする成金に見えて来る。”である。 マーケティング手法としてはあっても、WEB2.0的には、志とは違うところがあって複雑だけれども。 |
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2008-05-23 Fri 22:32
テレビのニュースや番組で、地理的な話や、国の話し、地球環境が話題となったときなど、小学生の子供にグーグルアースを見せている。反応はというと、ゲーム的に画像を動かしたり、くるくる廻したりは楽しいようだ。ユーザーインターフェースが良くできているので、子供たちも面白がる。
しかし、子供はこれが、どれほどすごいといった実感とは無縁のようだ。どうして車や人は動かないの?、外に出て手を振ってくるとかいった感想が普通だ。率直に考えれば分からないでもないというか、当たり前かもしれない。 子供と話していると、自分が旧来からの延長でしか物事を把握出来ず、いかに枠にはめられた考え方をしているか。自由な自然な発想をしていないかというのが良く分かる。 インターネットバンクや、よく出来たECサイト、そしてネットを利用した新しいサービスなども見せて感想を聞くけれども、まあ同様な非常に率直な反応が返ってくる。子供にとっては、そんなこと出来て当たり前で自然なものが殆どのようだ。昔からのアイデアが、今になって少しばかり実用化されて、ひどく感心したり、すごいと言って喜んでいる大人や、専門家とは大違いである。 このユーザーと専門家の感覚のずれや温度差といったものが、ユーザーインターフェースやプロセスフローを考えたりする際の“障壁”や“落とし穴”となる。 テクノロジーは顧客の関心を惹くことはできても、心をつかめるものではない。これまで不可能と思われていた技術が実用化されたので、ついに実現できましたがどうでしょう?ということでは、単純に売れるものではないと思う。そもそも“ユーザー”は、不可能だなどと思っていなかったのだから。こういったものは、作る側の勝手な都合の押し付けだ。 NintendoDSに勝てないPSPや、Wiiに勝てないPS3然り。そして、いつも正しい、より良い技術が生き残というわけでもない。絵がうまければコミックが売れるわけではないし、全ページをカラーにして再版したら売れるというものでなもない。 これが“ソフト”であり、そしてコンテンツの“ビジネス”というものだ。 子供たちをもすごいと唸らせるようなものを創ってみたいと思う。 テクノロジーは問題ではないだろう。それは、きっと現在の技術で出来るものだ。 しかし、それは後姿しか見えない。普通はあとになって振り返ったときに、初めて見えるのだ。 |
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2008-05-20 Tue 10:08
仕事を行なう際は、その作業環境を整備する。
これはだれでもすることと思う。仕事に取り掛かる前に、机の周りを整理したり、必要なものを手許に揃えておくなどもそうだし、コーヒーを入れておくなども含まれる。また、文筆家がホテルに缶詰になって書くといった、文字通りの環境を整える場合もある。 環境が適切に整えば、作業効率、生産性も上がる。普段と同じ環境であれば、新たに慣れを要するものもなく、工程上で仕事の遂行にストレスとなるものは無いだろう。環境を整えることによって、純粋に創造作業や、アウトプットに集中できるようになるということだ。 仕事に使う道具についても同様となる。先ほどの文筆家の場合では、手になじんだ万年筆を分解清掃して、インクを満たすといったことであったり、満寿屋の原稿用紙を準備したりだろう。板前の、研ぎの入った包丁、大工の棟梁のノコギリ、カンナやノミ、野球選手のグラブやバット、水泳選手の競泳用水着などもそうだ。 これらの道具については、プロとしてのこだわりをもって水準以上の物を用意し、手入れをして最高のコンディションに保っておくというのも、仕事ための環境整備ということになる。 ITの環境整備 さて、ITの世界で言えば、“コンピューターにOSをセットアップして、ワープロなどの必要なアプリケーションをインストールする”、が、この環境整備の基本の部分にあたると思う。ただし、ここまででは、まだ道具を選んで買い揃えた、に等しいレベルだ。その後の、その環境を機能させるための環境の設定、つまり具体的には、ネットワーク接続設定、メールサーバー、メールクライアント、ファイルサーバーのアクセス権設定、プリンター、PDA、携帯電話との連携などの設定が終わって、やっと実際に道具が使える状態になる。 そして本当の個人的な環境整備はここからだ。アプリケーション各種の“オプション”設定や、普段の自分の使い方へのカスタマイズや、オプション設定を一つずつ行ってゆく。 これらをゼロからセットアップしたら、完了するまで丸1日かかると思う。しかし自分の使いやすいように、最適化してセットアップすれば、日々の作業の効率や生産性の向上には大きな効果があるはずだ。 特に、体の一部として使い込むような、エディター、ワープロ、スプレッドシートの類については、フォントカラー、バックグラウンドカラーから、ショートカットキーまでを徹底的にカスタマイズして、究極の効率を求める場合もある。いい道具を選び、その道具の性能を最高に引き出すために、徹底的に使い込んでゆくという考え方だ。 こういった設定をする人も多いと思う。私も同じ類の人間で、道具好き、機械好き、カスタマイズ好き、そして、分解、整備好きだ。子供のころには、おもちゃはまず最初に分解した。機械はその性能を最大限に引き出されるべきで、そうされることが機械にとっても本望であろうと信じている。もちろん、マニュアルは隅々まで見るし、オプションメニューは、自分にとって一番好きなメニュー項目である。 もう一つの別の考え方 さて、しかし、自分の中では、いつでも別の考えにも付きまとわれていた。 それは、道具に頼ったり、環境に依存しているうちは本物ではないのではないか、ということだ。 つまりは、どんなに技巧に長けた、CGソフトウェア使いにしても、最後は鉛筆一本と紙一枚で勝負が出来なければ、本物のクリエータとは言えないのではないか。 ITを仕事とする人ほど、ITに依存した傾向でいて良いのだろうか。IT使いがITに、あやつられてしまっていないだろうか。自分の使い慣れたエディターが無いとコーディングが出来ないだの、自分のPCで無いと仕事が出来ないなどというのは、結局は半人前で、プロとは言えないのではないか。 どんな環境で、どんな道具をつかって仕事をしたとしても、一定の水準以上の結果が出せてこそプロであろう。プロは言い訳はしない。 シンプルライフの薦め そんな考えで、私はある時期から、過剰な環境設定やカスタマイズはやめることにした。 現在、私が普通の仕事に使う環境は殆どデフォルト設定で、個別の環境設定は最小限にしている。 カスタマイズは、WEBブラウザーのセキュリティ設定。バックアップファイル作成場所、気に入った壁紙1枚、tempファイル、logファイルなどのvalファイルの場所指定ぐらいで、設定に要する時間は5分程度だ。 特別に自前でインストールするアプリケーションにしても、エディターと、昔から使っている商売道具のアイデアプロセッサの2つだけで、あとは、“あり物”をそのまま使う。 こうすると初期化、再インストールも何時でも躊躇せずに出来る。また、どこのPC、誰のPCでも仕事が出来るようになる。とても気が楽だ。環境を自分に合わせるのでなく、自分が環境に適応出来るように、進化した、ということだ。 どんな道具を持っているか、使ったかで仕事の価値が決まるわけではない、大切なのは、それで何をしたか、何を生み出したかだ。カスタマイズによる生産性向上にしても、その殆どは慣れと、好みの問題とも考えられる。 この、シンプルライフを皆さんにもお薦めしたい。 |
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