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2008-06-29 Sun 23:51
“貧乏人は幸せだ、金さえあれば何とかなると思っている”、と言ったのは、かの石油王ポール・ゲッティーであったか。
“ITシステムさえあれば何とかなる”、もであるけれど、○○○さえあれば何とかなるなどと言うのは、殆どの場合は眉唾と思って良い。 人は、問題が複雑で、分析不能なほどになってしまうと、現実から離れて、非常に単純で明快な回答に飛びついてしまいたくなる。問題を無理に単純化、抽象化して、○○○なのは×××のせい、だから△△△があれば問題は解決するなどと、容易な原因、解決の構造に飛びついてしまう。 しかし、世の中そうは単純ではない。これは誰しも冷静に考えれば分ることだと思う。“万事塞翁が馬”なのが、世の中であり、人間だと思う。 もし、単純明快な解答を押し付けられたら、また、自分で思いついたら、信じたくなったら、まずは疑ってみることだ。そしてゆっくりと冷静に考えてみて欲しい。 問題には、必ず明快な原因があるとは限らないし、また、原因があったとしても、検証できるとは限らない。そうであれば、問題を再現したり、コントロールできるとも限らない。であれば、因果関係の構造が分るわけではない。 分らないものを、分らないものとして捉える。これは、知識を得ることよりも、ずっと深い人間の叡智だ。 世の中の全員が、そのように、ゆっくりと冷静に考えれば、多くの問題は起こりえないだろうと思う。家庭内のごたごたから、世界的な政治問題、人類的な問題まで、それぞれの都合の容易な解答に飛びつかずに、あるがままに受入れることが、もっとも解決への近道だと思う。 |
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2008-06-25 Wed 23:53
スラッシュドット・ジャパンなどで見る言葉の、“アレゲ”って何?、というのを聞かれることがある。
回答としては、ウィキペディアのここであったり、Hatenaのこれが良い説明になっていると思うのだけれども、勝手ながら私見の考察をちょっと加えてみたい。 “それっぽい”という言葉を聞いたりすることはないだろうか? 強引に説明するとすれば、ちょっと“その筋ぽい”、“玄人ぽい”、とか車関係で言えば“エンスーぽい”とか、“マニアっぽい”とか、漠然と肯定の方向を示すような言葉だ。 また、これと似た言葉で、“あれっぽい”というのもある。 こちらは、逆に、漠然と悪い方向の意味を表すことが多い。ユーザーを小馬鹿にしたり、なめた姿勢で作られた製品や、サービスに向けられる言葉でもある。 “それ”が肯定的で、“あれ”が否定的なのは、なぜかと言われると詰まってしまうが、言語感覚としては、そういったふうになる。あくまで感覚である。 これらを“け”(気)で、言うとしたら、“それ気”、であり、“あれ気”といった言葉になる。スラッシュドット・ジャパンの“アレゲ”とは、まさにこれだと思っている。 言語感覚といったものは個人差も大きいので、誰もが同じものを掴み取るとは思わないけれども、それでも意外と共通性はあるものだと思っている。であるから、詩や俳句、文学なども成り立つのだろうし、言葉の流行なども起こるのだろう。 “アレゲ”の補完説明になっただろうか? |
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2008-06-25 Wed 01:13
月曜日の発表は無いだろうと思っていたのだけれども、予想に反して午後になってからiPhoneの価格体系が発表になった。
内容としては、本体8GBで23,040円、月額料金は、込み込みで8,000円未満といった、全くの予想通りというか、相場どおりの値段となった。 まあ、今回価格が発表になったといっても、実際にはAppleとの交渉途中の段階ですべて決まっていたことであるだろうし、契約締結の発表から今までは、ソフトバンクとして実現性の裏を取るとか、必要なコンセンサスを得て、体制を固める時間だったのだろう。今回の発表のタイミングも、Appleの意向を酌んでのものだと思う。 また、Appleとの守秘義務を守るためと思うけれど、iPhoneについてはソフトバンクモバイルの通常の業務ルートでは処理されていないのだろう。ソフトバンクモバイルのFAQは、“価格はいくらですか?”の回答が、“発売前のため、価格は未定となっております。”になったままだったりする(25日0時現在)。 そして、Apple側のWEBでもまた、“iPhone 3Gは日本では7月11日に発売となります。販売条件等については、後日あらためてお知らせいたします。”の表示のままだ。こちらについては、“Japan”なので、そうなる事情は分らないでもないけれども。 皆さんご苦労様。大変だろうと思う。 Apple側のWEBでは、フッターにある、“iPhone商標は、アイホン株式会社のライセンスに基づき使用されています。”というのが面白い。昨日までは無かったように思うのだけれども、自分が気づかなかっただけだろうか。 |
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2008-06-22 Sun 00:02
外来語を表記するというのは、そもそもが日本語に無い発音を、日本語風に無理に直して表すということなので難しい部分がある。多くは、もともと日本語には無い音なので、聞こえ方は人によって様々であるし、表記の仕方も違ってしまうのは当たり前のことだろう。
また、昔の“メリケン”は、現代の表記では“アメリカン”になったりと、時代で変わってきたりもするようだ。この場合、原語により近いのは、“メリケン”の方だと思うのだけれども、どうしてリアリズムから形式的なものに変わって行くのだろうか。 こんな状況であるので、技術的な用語については、ある程度は標準的な書き方を決めてしまおう、とか、統一した方が良いだろうということで規格化されることになる。 最近は、コンピュータ、サーバ、ユーザなどと、長音を伸ばさない表記をすることが多くなっているけれど、これはJIS規格に“規格票の様式”というのがあって、その中に、“その言葉が3音以上の場合には、語尾に長音符号を付けない。 エレベータ(elevator) ”などという規格があるからだ。(このJIS規格には他にも様々なルールがある) メーカーなどが仕様書や、マニュアルなどを作る際には、この規格(JIS)にそって作るので、これらの言葉の表記については、長音を省いたものとなり、世の中に浸透してゆくわけだ。 しかし、読み方については変わらない。 つまり、“コンピュータ”の読みは、“こんぴゅーたー”、であるし、“ユーザ”の読みは“ゆーざー”だ。 これを文字通りに、“こんぴゅーた”や、“ゆーざ”と読んではいけない。 これは、“てふてふ”をそのまま、“テフテフ”と読むがごとく、はずかしい。 たまに居るのだ。“さーば”とか、“ゆーざ”とか言う人が。 それであれば、いっそのこと“鯖”とかの方が良いだろうと、個人的には思う。 |
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2008-06-18 Wed 22:46
結局、横浜文明堂の店舗は都内には無いので、通販で買うことにした。
![]() そのカステラが届いた。 加須底羅(かすていら)である。 さっそくのお試しの結果であるけれども、これは子供の頃に普通に食べていたカステラの味だ。 説明どおりの、“昔なつかしの味”かもしれない。 また、横濱文明堂WEBにある写真の通り、底には大きめのざらめが敷き詰められている。色は全体にちょっと薄めの感じで、濃厚なふうではない。 素朴といえば素朴であるれけれども、やはり和のカステラというか、“かすていら”と呼ぶのがふさわしいと思う。 前のカステラのエントリーで、包装紙に“浮き輪”のモチーフが書いてあったように思う”と書いたのだけれども、加須底羅の包装紙にあるマークはこの写真のものだった。 “浮き輪”のマークは、泉屋のクッキーのものだと思う。泉谷の包装紙は、色も風合いも文明堂のものに、とても良く似ているのだ。私は子供の頃には泉谷のクッキーも良く食べていたのを思い出した。 |
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2008-06-17 Tue 23:18
いまさら言うまでも無いけれど、仕事は、重要度の高いもの、急ぐものから取り掛かって、片付けてゆく。これが基本中の基本だ。
そして、この、なにが重要か、急ぎかを表したものが、“優先度”というものだ。 まず、やることを全部書き出してリストにしたら、それぞれに、最初に優先度をつける。そして優先度の高い仕事は、嫌いであろうと、今やりたくなかろうと、不得意であろうと、絶対に最初に取り掛からなければいけない。 これは当たり前で、そのために優先度を振っている。それをしないようでは、優先度を考えたり、振り分けたりした意味が無い。 しかし、実際には、自分の好きな仕事や、得意なものから取り掛かってしまう人も、良く見かける。 結果どうなるか? 本当に大切な事柄に使う時間が無くなり、重要な仕事が間に合わなくなる。二度手間も発生する。挽回策も考えなくてはならない。周りの関係者にも迷惑をかけ、お詫びや、再調整でますます苦しい状況に追い込まれ、悪循環にはまってゆく。そして、いつも“超多忙”になる。 優先度さえ適切で、それを守って仕事をしているのなら、目先の今やっている仕事だけに集中して、他の仕事などは気にしなくても良い。 なぜなら、今やっている仕事が、一番重要で、一番急ぎであるものだからだ。それに集中して、良い仕事をする。それが自分に出来る最善だ。そして、ひとつづつ、着実にこなして行く。それだけで良い。 もしも、このやり方でも仕事が間に合わないようであれば、それは仕事を請けすぎか、仕事のスキルが不足しているのかもしれない。いずれにせよ、べつの解決策を考えるべき問題だ。 優先度を無視し、自分の持っている全部の仕事について考え、悩みながら、、遅れた言い訳やら、お詫びの言葉を考え、2度手間で追い込まれ、徹夜で仕事をしていたのでは、いくらなんでも体が持たない。 そういった人は、仕事が完成しても、そもそもが遅れてしまっているので、いまさら感謝もされず、喜んでももらえない。また、余裕と自信をもってされた仕事に比べれば、そんな人の仕事は、納期優先のやっつけ仕事だ。品質も低い。自分にとっても、仕事の関係者や、顧客、家族にとっても、良いことは一つも無いはずだ。 どうして、そこから抜け出そうとしないのだろうか。 <関連するエントリー> ・忙しくて約束の守れない人は、本当に忙しいか ・いつも追われている人に |
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2008-06-15 Sun 22:32
土曜日であったので、今日も映画を見に行ったのだけれど、最近の映画館の予約システムには、ちょっと疑問に思っていることがある。
なぜ、前売り券では、ネットの予約システムを利用出来ないのだろうか。 前売り券をつかって、インターネットや携帯サイトから、座席予約が出来る映画館は、まだ見たことがない。窓口であれば普通に2日先の席まで予約できるのにだ。 とりあえず予約の際には、クレジット情報を入れて支払いを担保し、劇場でチケットを発券するときに前売券での支払いとすれば問題はないのではないか。最悪でもクレジットカードの与信枠を確保したままになってしまうぐらいだろう。 それとも、クレジットカード会社との規約で、支払い担保のみの利用となる可能性がある場合には、使えないのだろうか。まあ、そんな場合でもプロパーのクレジットカードを作っている映画チェーンも多いのだから、自社の会員だけにはそれを認めるとか、何らかの方法はあるのだと思う。これは前売りの売り上げ向上や、客の囲い込みにはかなり有効な手ではないだろうか。 もう一つは、なぜ2日先の日までしか予約が出来ないのかということだ。途中で封切り中止になることもあるのは分るが、1週間ぐらい先まで予約を受け付けても良いだろう。 2、000席 X 10回転 X 7日間で、せいぜい14万件ぐらいの予約データ処理だと思うが、システムのキャパシティが足りないのだろうか。もし、1週間先まで予約が出来るのならば、毎回見終わった後に、前売り券で翌週分の予約をすることも出来るようになる。 これは前売り券を使わず、普通料金で携帯から予約をとればカバーできる問題かも知れないが、2人で見た場合は、1、000円違うことになる。ぢょうど、ドリンク2つ付きのポップコーンセットが買えるぐらいの値段の差だ。 もしも、この差額は、前売りチケットを使われた映画館が被る仕組みであるのなら、前売り利用客に対するサービスを向上させるモチベーションが無いのは理解出来る。しかし、もしそうならば、それは映画業界全体にとっても良システムとは言えないのでないか。すこし考えれば、客も含めて関係者の誰もが得をする仕組みに変えることが出来るだろう。 最近は映画館も非常にきれいになり、良くなっているのに、予約システムやサービスだけは各社横並びのサービスというのでは、面白くない。年間パスポートや、シーズンリザーブシートとか、マイカップ、マイ座布団ぐらいまでは、色々とサービスメニューを出して来てもらいたいものだ。 とりあえずは、今年の7月19日改装オープンの、新宿ピカデリーに期待することにする。 |
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2008-06-14 Sat 20:36
最近、トイレの個室が埋まっている率が多いように感じていたら、こんな記事があった。
これは“誠”の調査記事であるけれども、個人的にも良く見かける。といっても個室の中をのぞくわけではないので、確かではないけれども、プチプチとキーを押す音も聞こえるので、間違いないだろう。 見たり聞いたりする限りでは、単にメールだけでなく株の取引なども多いようだ。 自分はトイレの中で、メールをしたり、ブラウズしたりというのは無いのだけれど、寝るときにというのはある。そんなときは、プチプチとキーをクリックする音が結構大きくて気を使っている。 キー音が小さい、携帯を作ったら、そこそこ需要はあるかもしれない。 でも、やっぱりタッチスクリーンのiPhoneということになるだろうか。 かつてCDプレーヤーから、iPodに変わったとき、同じ理由で助かったことがある。CDプレーヤーのディスクの回転音が気になっていたのだけれども、iPodで問題は解決したのだ。 さすがの、スティーブ・ジョブスでも絶対に想像はつかないだろうけれども、極東の島国では、Appleにはこんな効能もあるといった話。 |
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2008-06-13 Fri 20:17
自分の最大の敵、つまり自分自身に勝って、一度決めたことを継続させるにはどうすれば良いだろうか。
それがうまく出来るようになれば、禁煙も成功するだろうし、ダイエットもうまく行く。また、ジムに通い始めても三日坊主で終わるなんてことも無くなるわけだ。 但し、敵は明日の自分自身である。あらゆる面で自分と互角だ。そしてモチベーションは今の自分よりも低く、悪いことに、決定権のすべてを握っている。 このような相手に勝つには、論理や一般論では無理だ。どんな論理であろうと、簡単に論破されてしまうであろうし、一般論などは、あっさりと切り捨てられておしまいだ。常識的な、計測と評価のような方法は自分自身に当てはめようとしても役に立たない。 勝つためには、理由を定めない。これがもっとも有効だと思う。 理由がある場合は、それを論破されたら終りになってしまう。でも、理由が無い場合には、そうは簡単にいかない。理由の無いものに、新たに理屈を考えて、それが妥当かの判断もしなければならなくなる。 つまり、そこにある論理を切り崩すのは比較的やさしいが、理由の無いことに対して、新たに理屈をつけて、新しく行動を起こすというのは、なかなか難しいということだ。 禁煙を例にあげるとすれば、健康のため、環境のため、お金のため、などという理由や、目的は一切定めずに、禁煙するから禁煙するとしてしまう。 そして、いつから止めたかの記録も残さない。今日で2週間などと言っている内はだめだ。いつから吸わなくなったなどということは、全く意識しないようにした方が良い。 そして吸いたくなった時には、タバコを今から新しく吸い始めることの妥当性を考える。今は禁煙を止めて良い理由でもなく、今1本だけ吸って問題があるかを考えるのではない。新しくタバコを始める、合理的な理由を考えてみる。 ダイエットについても同様で、いつから、何キロからダイエットを始めたなどということは一切考えないようにする。そして体重も、あえて計らない。 ダイエット中は、ひたすらバランスの取れた食事を健康的に取り続けるだけにする。もちろん目標も定めない。 自分はこの方法で、禁煙も成功したし、ダイエットもうまくいった。禁煙などは、この方法で成功するまで、5回以上は挫折している。短くても数ヶ月間、長くて1年禁煙が出来たこともあったが、結局はそこで吸い始めてしまっていた。 この方法で成功してからは、すでに十数年、一本も吸っていない。その昔、会社が引越しをした年の秋頃に、突然吸うのを止めた。理由も無く、やめようと思ったから、やめただけだ。 そのときからずっと、自分には、新しくタバコを始める理由は無いままだ。 <関連するエントリー> ・自分の最大の敵とは誰か ・ルールについての三原則を考えてみた |
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2008-06-11 Wed 10:23
今、この時代に存在し、生きて、iPhoneを手に入れないなどと言う事がありえるだろうか。
とまでも思う、と知り合いに言ったらば、Mac信者かと言われた。 糸川英夫氏は、“もし技術に感心し、その技術者に敬意を払いたいと思うのなら、その物を買うことだ”と何かの本で言っていたのを覚えている。 iPhoneについては、そんな思いでもある。極端な話、品物はいらないから、user experienceにだけ金を払っても良いと思っている。 世の中には、使用益ではなく、体験に対してだけ、対価を支払うことも、普通にあるではないか。 |
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2008-06-10 Tue 22:38
自分にとっての最大の敵とは誰だろうか。
いつも自分の行おうとすることに、正面切って立ちふさがり、自分の意志を貫くのを妨害するのは誰であろうか。 多くの場合自分自身であろうと思う。それは未来の自分だ。 禁煙に成功しないのも、ダイエットがうまく行かないのも、日記が三日坊主で終わるのも、皆、未来の自分自信が、今の自分の意志に逆らって、妨害をするから起こることだ。 遅刻をしたり、英語が上達しなかったり、友人と喧嘩をしたりもそうであろう。今、思い立ったときの自分は、遅刻をするつもりはないし、毎日欠かさず勉強するつもりであるし、同じ間違いを繰り返して、友人とつまらない事で喧嘩をするつもりなどは、全く無いのだ。 それでも未来の自分には、あっさりと負けてしまう。 しかし、そもそもが未来の自分自身と戦うという認識は持っていただろうか。戦うつもりで、準備をしていただろうか。 もしも、自分の意志を通したいのなら、そして、もしも勝利を得たいのなら、まず、敵を知り、作戦を立て、戦う準備を整えなければならない。 未来の自分は強敵だ。手の内をすべて知られた上に、議論は今の自分の居ない所で行われることになる。敵だけで行われる一方的な欠席裁判というのが戦いの場となる。 今の自分は、それでも負けないだけの準備をし、あらかじめ残しておく論述だけで、論破し、勝利しなければならない。その方法を考えてみよう。 |
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2008-06-08 Sun 10:14
ある店舗に行ったら、“お客様を泣かせない”という社訓が壁に飾ってあった。
社員向けというよりも、お客さんに対して当店のポリシーといった感じで、堂々と掲示してあるものだ。 もしかしたら全社的なものなのか、と思ってIR情報を見てみたら、事業報告書にも出ていた。社長が顔写真つきで、“当社の創業以来の社是の1つは「お客様を泣かせない」であります。”と、自信満々で紹介している。 世の中、様々な業界があるものだ。 しかし不動産業界というのは、どんなところなんだろうか。 普段、“満足を超えるサービス”やら、“期待を超えるサービス”だのを、世の中の常識のごとく語っていた方としては、かなり興味を引かれる。 |
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2008-06-06 Fri 09:16
コンサルタントとは何をする人?という疑問に答える、良い説明を見つけたので紹介したいと思う。“間違いだらけのIT経営”という、増岡直二郎さんの連載記事のなかに出てくる、下の事例がそれだ。
但し、増岡さんはこの記事を、IT導入についてはユーザー主導ではなく、ベンダー主導でなければならないし、そうでなければ上手くゆかない、といった主旨で書かれているので、本来の意図とは違う形で利用させてもらうことになってしまう。(元の記事の方も一読されたい) コンサルタントとは、この反対をする人だ。つまり下記の能力と経験があり、人の考え方や、行動に影響を及ぼし、望む結果を導き出す人となる。 ・問題発見能力や本質を見極める能力 ・課題や問題を発見して、それらを整理して抽象化する能力 ・業務をどの様に改善したらよいかを見切れる業務改善能力 ・それらを定義できる、要件定義能力 記事の終り(結論)の方には、
とも書かれているのだけれども、こちらも“ベンダー”という言葉を、“コンサルタント”に置き換えると、私にとっては、大変しっくりしたものになる。 となれば、コンサルタントの能力には、下記も付け加える必要がある。 ・顧客のマネージメント、ケアをする営業的センス ・人を、自分の意志で動いていると思わせながら、指導できる人間力 ・意志や意図を誤解されることなく、伝えられるコミュニケーション能力 コンサルタントが職業として成功するには、どちらかといえば、第2群にあるコミュニケーション能力等の方が重要であろう。第一群の方については、岡目八目だけで乗り切っているコンサルタントも多いのだろうと思う。 増岡さんの記事については、ベンダーの仕事についてのものではなく、コンサルタントの仕事についてのものと、私は捉えていることになる。ベンダーという定義も非常に広いので、一概には言えないのだけれども、一般的なベンダーにここまでを期待するのは、少々無理があるのでは、と思っている。 また、コンサルタントにしたところで、経験豊富なベテランでなければ、ここに書いてあることを実際に行うのは、なかなか難しいことだ。並みのコンサルタントでは、記事の冒頭にあるような、ユーザー側からのSIベンダーへの不満の羅列になってしまう。 特に、“自己満足のメニューを提案する”(ナルシストなコンサルは常習だ)や、“マニュアルに依存しすぎる”(コンサルはメソドロジー好き)などの光景は目に浮かぶ。 |
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2008-06-05 Thu 00:56
この本は、イギリスの外交官、Sir. Ernest Mason Satowが書き残した、明治維新の大変貴重な記録だ。彼の詳細な日記をもとに、彼自身が書き上げている。 アーネスト・サトウ(英語名の Satow、彼の父は元スウェーデン人、母は英国人)は、幕末の1862年(文久2年)から明治維新にかけての6年半、また生涯では25年間に渡って日本に外交官として滞在している。この本には、この時代のまさに幕末から維新にかけて、その渦中で中心的な役割を担った、イギリス人外交官が見た、当時のリアルな日本が描かれている。 この時代はドラマや映画、小説でも良く取り上げられるが、そういった場合、登場人物は殆ど日本人しかいないのが普通だ。外国人といえばペリーで、普段は黒船の中に留まって、ごくたまに謁見のため上陸してくるように描かれている場合が多い。 しかし実際には違うのだ。この時代には、アメリカ、イギリス、フランスなどの多くの外交官や商人が日本に移り住み、彼らの社会を作り、英字新聞を発行し、日本人とともに生活していた。そして、それぞれが活発に日本人と交流して、日常的に幕府や諸大名と外交交渉を続けていたのだ。 この本を読むと、そういった彼らの生活とともに、彼ら外国人の視点から見た、当時のリアルな日本が見えてくる。 これまで歴史として知っていた事柄が、まったく反対側の外国からの視点で捉えられ、語られる。これは非常に面白い。 当然のことながら、この本に登場する日本人の方は、維新では重要な役を担う、歴史で馴染みのある人ばかりだ。そういった人たちの描写も、日本側の視点のものとは違って新鮮である。サトウの観察眼は鋭く、描写は的確で詳細に及ぶ。彼が大変優秀な外交官であり、当時、第一級の人物であった事が偲ばれる。 下の巻末のアーネスト・サトウ略伝にはこう記されている。
この本は、幕末から明治維新に少しでも興味のある人には強くお勧めする。 これは絶対に面白い。 |
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2008-06-03 Tue 21:56
わりと最近であるけれども、外国人の言う“best effort”と“日本語のベストエフォート”とは、同じ言葉でも、その捉え方に大きな違いがあることに気づいた。
結論から言うと、英語のbest effortには“一定の注意を払います”ぐらいの意味合いしかないのだと思う。日本語の方は、建前では“保証はありません”であるけれど、精神の方は“死ぬほど頑張ります”だ。 別の言葉で言えば、英語の方が“善処します”で、日本語の方は“最善を尽くします”になる。これはニュアンスとしては、かなりの違いがある。 文字通り、“best”の解釈が、辞書的に“最”になっているのだけれども、感覚的には、英語の“best”は、もっとゆるい言葉だ。 外国企業や、外資の企業と取引される方は、意識しておいた方が良いと思う。 |
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2008-06-01 Sun 22:26
中学で英語を習い始め、暫くしてから英語では天皇をエンペラーと呼ぶということを知った。その後英語をもっと知るようになって、なぜ、天皇はエンペラーと呼ばれるのかが、とても気になるようになった。なぜKingでもなくEmperorなのか。当時の英語の先生や、ネイティブなどにも、何故そうなのかを聞いてみたけれども、結局はっきりとした事は分らなかった。
その後社会人となり、本当にずいぶんと時間がたったころ、ある日とつぜんその答えを見つけた。それがこの本だ。 一外交官の見た明治維新〈上〉 - アーネスト・サトウ - (岩波文庫) この本は、1862年(文久2年)の幕末から明治維新にかけて6年半、また生涯では25年間、日本に滞在した英国の外交官、アーネスト・サトウ(英語名のSatow、彼は英国人)が、彼の詳細な日記を元に書いた当時の記録だ。幕末から明治維新にかけては、ドラマや映画や小説でよく取り上げられる馴染みのある時代であるけれども、その時代に日本に滞在し、実際に外交交渉を行っていた外国人の目から見たリアルな記録だ。この本は幕末から明治維新に少しでも興味のある人には強くお勧めする。これは絶対に面白い(書評参照のこと)。 読み進めて行くと、上巻205ページにこうあるのを見つけた。
日本側は、大君(将軍)とイギリス女王を同格にあつかったので、天皇と女王を比べた場合では、天皇の方が上位になってしまい問題となるということだ。これは当初は外国側に、日本の主権者が将軍ではなく天皇であることの理解がなかったことや、日本側(幕府)が外国元首を常に将軍の下位に位置づける画策を行ったりで生じことだ。 続いてこうある。
つまり、中国語から、皇帝(Emperor)という日本語の新しい訳語を作ることでこうしたのだった。 Queen = 皇帝、同格 Emperor = 天皇 下格 His Majesty = 大君 そして、
天皇に対するエンペラーという訳語は、英国人外交官のSir Ernest Mason Satowが考え出したのだった。1966年とある。 それにしてもこの本は面白い。 |
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| ここがロードス島だ! |
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