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2008-05-23 Fri 22:32
テレビのニュースや番組で、地理的な話や、国の話し、地球環境が話題となったときなど、小学生の子供にグーグルアースを見せている。反応はというと、ゲーム的に画像を動かしたり、くるくる廻したりは楽しいようだ。ユーザーインターフェースが良くできているので、子供たちも面白がる。
しかし、子供はこれが、どれほどすごいといった実感とは無縁のようだ。どうして車や人は動かないの?、外に出て手を振ってくるとかいった感想が普通だ。率直に考えれば分からないでもないというか、当たり前かもしれない。 子供と話していると、自分が旧来からの延長でしか物事を把握出来ず、いかに枠にはめられた考え方をしているか。自由な自然な発想をしていないかというのが良く分かる。 インターネットバンクや、よく出来たECサイト、そしてネットを利用した新しいサービスなども見せて感想を聞くけれども、まあ同様な非常に率直な反応が返ってくる。子供にとっては、そんなこと出来て当たり前で自然なものが殆どのようだ。昔からのアイデアが、今になって少しばかり実用化されて、ひどく感心したり、すごいと言って喜んでいる大人や、専門家とは大違いである。 このユーザーと専門家の感覚のずれや温度差といったものが、ユーザーインターフェースやプロセスフローを考えたりする際の“障壁”や“落とし穴”となる。 テクノロジーは顧客の関心を惹くことはできても、心をつかめるものではない。これまで不可能と思われていた技術が実用化されたので、ついに実現できましたがどうでしょう?ということでは、単純に売れるものではないと思う。そもそも“ユーザー”は、不可能だなどと思っていなかったのだから。こういったものは、作る側の勝手な都合の押し付けだ。 NintendoDSに勝てないPSPや、Wiiに勝てないPS3然り。そして、いつも正しい、より良い技術が生き残というわけでもない。絵がうまければコミックが売れるわけではないし、全ページをカラーにして再版したら売れるというものでなもない。 これが“ソフト”であり、そしてコンテンツの“ビジネス”というものだ。 子供たちをもすごいと唸らせるようなものを創ってみたいと思う。 テクノロジーは問題ではないだろう。それは、きっと現在の技術で出来るものだ。 しかし、それは後姿しか見えない。普通はあとになって振り返ったときに、初めて見えるのだ。 |
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